過去にBEBOP SQUAREセッションに参加したDJ、ダンサーを紹介
               
     

ラテンパーカッショニストであり、Acid Jazzレーベルよりリリースされた"The Many Faces of Snowboy"など数々の名作を発表したレコーディングアーチスト、The Latin SectionのリーダーであるSnowboyはDJとして70年代から活動を開始。彼はクラッシックジャズファンクのの全盛の78年に17才でUK No.1のブラックミュージック系クラブ"The Goldmine"でジャズファンクのDJを務めた。この経験が彼のジャズ、ラテン、ファンク、ソウルの知識を深め、パーカッションを演奏するきっかけとなる。DJとして、彼はオーストラリア、米国、フランス、ドイツ、日本、香港、カナダ、など世界中で活躍。彼は常にジャズダンスシーンに影響をもたらし、現在は70年から88年までのUKジャズダンスシーンについての著者のリサーチを行っている。またKeb Dargeと共にDEEP FUNKのオリジネーターである彼は、ファンクに関しても高いポジションにあり、雑誌"Big Daddy"にコラムの執筆を続けている。そしてソウルの分野においても60's、70'sの貴重な音源から、最近のNu Soulシーンに至るまでの幅広く活躍している事は、ロンドンのPoint 101におけるPure Soulセッションでの実績が示す通りだ。ジャズファンク、ディスコ/ブギー、ニュージャズ、オールドスクールラップのコレクションをはじめ約30,000枚のレコードを保持、UK屈指のコレクターでもある。これまで世界中のクラブでゲストDJとしてプレイしている彼の誇りとしているのは、ロンドンJazz Cafeにおける今や伝説となった彼のレギュラーイベント"The Hi-Hat"や"Messin Around"でのセッションである。またイギリスで年2回行われる伝説的イベント、Alex LoweのSouthport Dance WeekenderのDJの一人でもある。そして最後にBEBOP SQUAREをスタートさせるきっかけを与え、後押しをしてくれたSnowboyに深く感謝している。

     
 
   
 
 
               
 

84年、イギリスロンドンにてI.D.J(I DANCE JAZZ)を結成。I.D.JのリーダーであるJerryはWorking Weekとのセッションを皮切りに活動を開始、Street Peformance Festival(ロンドン)に出演、彼らのダンススタイルを"Street Jazz Style"と称し、イギリスの新たなムーブメントとして認識、確立される。I.D.Jの活躍ぶりは、イギリスの音楽誌"FACE"等、多くのメディアで取り上げられ、ジャズダンスムーブメントの勢力が加速を増し、Jerryは、ロンドンジャズダンサー達のシンボル的な存在となっていく。映画"Absolute Beginers(英/86年)"に出演。88年に開催されたネルソンマンデラコンサート(英 Wembley Arena)にてArt Blakey and the Jazz Messengersとの共演を果たす。この時演奏されたBlakeyの名曲"A Night in Tunisia"をI.D.Jの最速のステップ、ダンスに合わせ、Blakey自らがリメイクを施した事で有名である。またJerryの提案によりイギリスのチャンネル4のテレビショウ"7SPORTS"でのBE-BOPダンスバトルが実現。Back Street Kids VS Brothers in Jazzのアグレッシブなダンスバトルは、イギリス国民に興奮と衝撃を与えた。後に、このダンスバトルを題材にした"マンチェスター伝説のフットパロット"というドキュメンタリーが放映され、チェンネル4の"Father Time"でのArt BlakeyのJazz Messenger特集にも出演した。2002年11月、10年振りの来日を果たしたJerryはBEBOP SQUAREでBE-BOPのワークショップを開催、当日、60人を超える参加者で会場は熱気に包まれた。「"BE-BOP"は自らがトライし、関わりつつ、自分達でシーンを作っていく事が大事だ」とJerryは最後、この一言を私達に残していった。

   
 
   
 
 
               
     

Brothers in JazzのリーダーであるIrvenは日本のBE-BOPシーンとの関わりがもっとも深くパイオニア的存在であり、日本のシーンに与えた影響は計り知れない。流れるような手の動きをベースに、ターン、トリック、フロアワークを駆使、凄まじい速さで対面した相手にプレッシャーを与える攻撃的なイギリス北部のダンススタイル"Northern Jazz"の壮絶なダンスバトルを制し10代のうちにキングとして君臨。JAZZに合わせてマンボを踊ったことからヒントを得てWayneと共に独自のスタイルを追求していく。さらにバレエ学校Urdang Academyへ2年間学び、最速のステップにより磨きをかけていく。その後、Wayne、Trevorらと共にBrothers in Jazzを結成。ヨーロッパ各地にてショウケースを重ね、強烈な存在感、ダンスでオーディエンスを圧倒し、魅了していく。イギリスのTV番組"7SPORTS"でのダンスバトルではイギリス中の注目を集め、多くのメディアに取り上げられ話題となる。91年には、日本初のBE-BOPのショウケースを行い大成功をおさめ、またパルコのCMに出演。そして97年に再来日、2002年に5年振りの来日を果たしBEBOP SQUAREでワークショップを開催。現在、イギリス政府の協賛のもと、Royal Opera House、Royal Festival Hall、The Place、Robin Howard Thratre等、劇場でのショウケースを定期的に重ねている。2002年4月Jazz Danceパフォーマンス"Ignite"の演出、振付を手がけSwindon等、英国各地をツアー。BE-BOP、ストリートジャズダンスをアップグラウンドへ展開させていくために精力的に活動している。そして彼は日本BE-BOPシーン発展のためにも、その情熱を惜しみなくをかけている。

 
   
 
 
               
 

JazzcotechのリーダーであるPerryは過去20年間ダンサー/コレオグラファー/DJ/クラブプロモーターとしてジャズファンクシーンで活躍。現在のUKのBE-BOPシーンには欠かせない極めて貴重な存在といえる。ロンドンでのカムデンエリアにあるクラブ"Jazz Cafe"で彼がオーガナイズ・振付を手がけるイベント"Messin Around"は評判が高く、DJとしてユニバーサルレコードから同名のコンピレーションをリリース。現在はOLD SKOOL JAZZ DANCEイベント"Shiftless Shuffle"をオーガナイズ、今やイギリスを代表するJazz Danceイベントとなっている。またクラブPoint 100の"The Good The Bad & The Funky"、"Bubbin Goodies"でDJとしてDEEP FUNK 45をプレイ。雑誌Big Daddy主催のイベント"Funk Solution"のレギュラーゲストDJを勤める。更にEddie Bo、Jon Lucian、The Black Birds、Roy Ayres、The New Master Sounds、Melvin Sparks & Peewee Elisらのギグにドイツ、オランダ各地でDJとして参加し、ファンクジャズの音楽とダンスカルチャーの両面から支えている。ペリーのDJセットはMessin AroundやMojo Jazzのコンピレーションが良い参考。Mojo Jazzコンピレーションアルバムのカバーフォトをかざるダンサーとしても有名。2002年8月Royal Festival HallにてJazzCotechによるBE-BOPショウケース"MOVIN ON"を成功させ、その後Jon Hendricksとの共演を果たす。またPerryは、BE-BOP、Fusionのワークショップを国内のクラブ、ダンスアカデミー、大学、国外ではアメリカのMinnepolis、カナダのToronto等で開催。2004年1月British Council協賛のもとDave O'higgins Quintet with Jazzcotech Dancersとして世界各地をツアー。イギリス国外にも積極的にUK JAZZ DANCEシーンを広めている。

   
 
   
 
 
               
     

イギリスのBE-BOPダンスシーンの保持、拡大に力を注ぐ数少ないDJの一人。過去21年間に渡り、ジャズ、フュージョン、ブラジリアン、ラテン、アフロ・キューバンのDJとしてロンドン中を席巻してきたNick Hosierはロンドンで最も長く続いているコヴェントガーデンでのBE-BOPイベント"The Spot"のレジデントDJ/プロモーターとして主に知られている。"The Spot"は最もハードコアなJazz Danceイベントと言っても過言ではない。フロアで中途半端な踊り方をしているとすぐさまドアの外に追い出されてしまう。クラブに遊びに行くというより、一人一人がそれぞれ自分のJazz Danceを追求、そしてJazzミュージックに真剣に挑むといったある意味、特殊な空間でもあった。そんなハードコアで汗まみれな空間をNickは創り出し、そして守り続けていった。クラブ側の事情で一度イベントが中止になった時には復活をかけようとダンサー達、自らが署名運動を起こしたことでもその親しまれかたが半端なものでないことがわかる。またNickはロンドンのJazz Danceイベントでは必ずと言っていい程登場しており、これまでにDingwells、Oxygen、The Wag、The End、Bagleys、Jazz Cafeといった数々の名クラブでのセッションを果たしてきた。2003年7月のBEBOP SQUAREにおいても日本のBE-BOPダンサー相手に"No Compromise"のスピリットで大量の汗を放出させた。初来日を果たしたNickは日本のBE-BOPシーンに対してこう語った。「日本のダンサーたちの情熱には驚かされた。これからはさらにより深くJazzミュージックと親しみ、BE-BOPスタイルを追求し、一人一人がオリジナルのJazz Danceスタイルを創り出して欲しい」